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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)14129号 判決 1969年5月07日

原告

天野勝夫

ほか一名

被告

小松川タクシー株式会社

ほか一名

主文

被告らは連帯して、原告天野勝夫に対し二三九万円およびこれに対する昭和四三年一月一九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。

原告天野勝夫のその余の請求および原告天野絹代の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを七分し、その三を原告らの連帯負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

原告ら―「被告らは連帯して、原告天野勝夫に対し四二一万一九一〇円、原告天野絹代に対し二〇万円およびこれらに対する昭和四三年一月一九日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみに至るまで各年五分の割合による金銭を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

被告ら―「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

二、原告ら主張の請求原因

(一)  傷害・物損交通事故の発生

昭和四二年三月一七日午後九時二〇分頃、東京都千代田区永田町一丁目一番地先の信号機の設けられている通称三宅坂交差点附近において、原告勝夫がオートバイ(以下原告車という。)を運転し、桜田門方面から赤坂方面にむかつて左折し、道路左側部分を進行中、その頃半蔵門方面からタクシー(以下被告車という。)を運転して該交差点にさしかかつた被告春本が、原告車の進路前方の道路左側端附近に佇立して車を待つていた客を拾おうとし、高速で赤坂方面へ右折したうえ、急に左折して原告車の進路上に移り急停車しようとしたため、その左後部に原告車を追突接触させ、よつて原告勝夫をその場に転倒せしめて頭部を強打し、かつ、右大腿骨頸部骨折の傷害を与え、なお原告車を破損させ、着衣を毀損した。

(二)  被告春本の過失

このような場合、自動車運転者は、左方の交通の安全を確認のうえ、安全な速度で右折し、左折にあたつては後方を確認すべく、左後方から進来する車両がある場合には、これとの接触等事故の発生を防避すべく、急に左折してその進路を妨害してはならないし、いわんや突如左折のうえ、後続車の進路上で急停車してはならない注意義務があるのに、被告春本は、これを怠つた過失により本件事故を惹起したものである。

(三)  被告会社の地位

被告会社は、タクシー業を営み、被告春本を雇傭し、本件事故発生の際、その業務執行のため被告春本に被告車を運転させていたもので、被告車の運行供用者である。

(四)  原告勝夫の損害 合計四二一万一九一〇円

(1)  治療関係費用 三八万九一〇円

(イ) 昭和四二年五月一日から同年九月末日までの入院費合計二三万三四〇〇円(五月分四万七九八〇円、六月分四万八六九〇円、七月分四万六四五〇円、八月分四万六一三〇円、九月分四万四一五〇円)

(ロ) 医師のすすめにより入院中の同年八月一一日から同年九月末日まで附添人をつけ、これに支払つた費用合計六万三一〇円

(ハ) 医師のすすめにより、入院中の同年七月四日から同年九月末日までマツサージ治療および灸治療をうけ、さらに退院後も同治療を続けたため要した費用合計八万七二〇〇円(入院中の分二万二二〇〇円、退院後の分概算六万五〇〇〇円)

(2)  対物損害合計三万五〇〇〇円(所有の原告車修理費二万円、着衣損傷一万五〇〇〇円)

(3)  得べかりし利益の喪失 合計二〇〇万六〇〇〇円

原告勝夫は、本件事故発生当時、東京都銀座西一丁目五番地所在の光明ビル一階において、店舗を月額四万円で賃借し、白樺印房なる名称で印章業および印刷請負業を営み、月間少くとも一三万円の純益(粗収入印章刻印で一〇万円以上、流しゴム印請負で六万円以上、名刺・ハガキ等印刷請負で四万円以上の合計二〇万円以上のうち、諸経費に七万円程度を要する。)を挙げていたものであるところ、本件受傷により、昭和四二年九月末日まで入院加療し、その後も長時間の佇立および坐位は困難で、記憶力は減退し、一日数回激しい頭痛に襲われる状態のため、昭和四三年六月末日まで全く稼働できず、この間合計二〇〇万六〇〇〇円の得べかりし純益を失つた。

(4)  賃借店舗解約等による損害 合計五四万円

原告勝夫は、肩書住所において妻原告絹代、長女由紀江(一〇才)、長男賢一(六才)と同居しながら、毎日原告車を運転して前記店舗に通つていたものであるが、本件受傷のため全く収益をあげ得ないまま、事故発生当日から昭和四二年四月一五日までの一箇月分の賃借料四万円の支払を余儀なくされたばかりか、無収入になり賃料の支払もできなくなつたため、やむなく同日賃貸借契約を解約せざるをえなかつた。ところが将来原告勝夫において営業を再開すべく、前記店舗と同程度の広さ、立地条件等の店舗を借りうけるには、五〇万円以上を要するから、前記店舗解約による財産上の損害は少くとも五〇万円である。

(5)  慰謝料 一〇〇万円

原告勝夫は、長期間の入・通院加療を余儀なくされたものの、現在に至るも完治せず、この間無収入状態に放置されたばかりか、治療費等の出捐を強いられたため、多額の借金により一時を糊塗し、窮境を脱せざるをえなかつたし、長期間の休業により顧客を失い、平穏な家庭生活も損われるに至つた。しかも同原告は、入院中氷代等四万五四〇九円、テレビ借料二万一〇〇円等いわゆる雑費をも支出しているので、慰謝料額の算定にあたつてはこれらの事情も考慮されるべきである。叙上原告勝夫の蒙つた精神的苦痛は甚大であるから、その慰謝料としては一〇〇万円が相当である。

(6)  弁護士費用 二五万円

被告らにおいて、原告勝夫が蒙つた損害を任意に填補しないので、同原告は原告ら代理人弁護士に本訴の提起方を委任し、その着手金として一〇万円を支払つたが、本訴審理の複雑化により、さらに一五万円を追加支払わざるをえなかつた。

(五)  原告絹代の損害(慰謝料)二〇万円

原告絹代は、原告勝夫の看護見舞等をしながら、生活費の入手、治療費等の支払等に奔走せぜるを得ず、通院交通費だけでも合計一万三九四〇円程度出捐を余儀なくされたもので、夫である原告勝夫の受傷により、妻として原告絹代の蒙つた近親者固有の慰謝料としては二〇万円が相当である。

三、右に対する被告らの答弁および抗弁

(一)  原告ら主張の請求原因(一)(二)のうち、原告ら主張の日時場所で交通事故が発生し、原告勝夫が傷害を蒙つたこと、右事故は、被告春本が被告車を運転して半蔵門方面から赤坂方面へ進行中、原告勝夫が原告車を運転し桜田門方面から赤坂方面へ左折し、被告車の後部に追突して発生したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(三)のうち、被告会社がタクシー業を営み、被告春本を顧傭していること、被告会社が被告車の運行供用者であり、本件事故発生の際、被告春本は被告会社の業務を執行中であつたことは認める。同(四)のうち、原告勝夫が、昭和四二年五月分の治療費四万七九八〇円を支払つたことは否認し、その余の事実は不知。

(二)  無過失の主張もしくは免責の抗弁および仮定的過失相殺の抗弁

当時、被告春本は青信号に従い進行していたもので、同被告になんら過失はなく、本件事故は左折の際、前方および左右の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り漫然進行した原告勝夫の過失により発生したものである。仮りに被告春本に過失があるとしても、同原告にも右のとおり事故発生につき過失がある。

(三)  一部治療費につき相当因果関係不存在の主張および損害の一部填補の主張

(1)  原告勝夫は、本件事故発生前から鼠蹊ヘルニアに罹患していたものであるが、本件受傷加療の際、同時に右症患の治療をもあわせて行つたものであるから、この分は損害額から控除すべく、鼠蹊ヘルニアの治療費は一万五〇〇〇円をくだらない。

(2)  被告らは、左のとおり治療費等合計四〇万円を支払つた。

(イ) 昭和四二年四月までの治療費一八万一九五〇円

(ロ) 同年五月分治療費四万七九八〇円

(ハ) 同年三月一七日から同年八月一〇日までの附添費一四万四〇三八円

(ニ) 東京技芸保険組合に対する支払い分二万四九五六円

(ホ) 原告勝夫に対し慰謝料として一〇七六円

四、被告らの主張に対する原告らの答弁

(一)  過失相殺の抗弁事実を否認する。

(二)  一部治療費につき相当因果関係不存在の主張事実および損害の一部填補の主張事実は、いずれも認める。

五、証拠〔略〕

理由

一、責任原因

昭和四二年三月一七日午後九時二〇分頃、東京都千代田区永田町一丁目一番地先の信号機の設けられている通称三宅坂交差点附近において、半蔵門方面から右折し、赤坂方面にむかつて道路左側部分を進行していた被告春本運転の被告車の後部に、桜田門方面から左折し赤坂方面にむかつていた原告勝夫運転の原告車が追突し、よつて同原告が傷害を受けたことは、当事者間に争がない。〔証拠略〕を総合すると、次のとおり認められる。

(1)  本件交差点は、概中央部に都電軌道敷を擁し、皇居濠に沿い、桜田門方面からはゆるやかに右方にわん曲しながら半蔵門方面に通ずる幅員一八米を超える交通頻繁な幹線道路(以下都電通りという。)と、赤坂方面に直線に通じる同幅員程度の交通頻繁な幹線道路(以下赤坂通りという。)とが、逆T字形に交差し、各方向のため信号機が設けられているが、道幅がかなり広いためと、両通りの交差する縁辺部分がゆるやかに屈折し、隅切り状をなしているため、相互のみとおしはまず良好である。路面は舗装されているものの、都電通りから赤坂通りに道路左側部分の左寄りを進行すると、まがり角附近は、当時工事中であつて、小範囲ながら砂利道部分があり、その先は鉄板が敷きつめてあり、鉄板上に砂利が散乱していたため、晴天下でもスリツプのおそれがあつた。なお桜田門方面から赤坂通りへ左折するには、対面する信号が赤色を現示していても、進行を許されていた。本件事故発生当時は晴天で、比較的交通量が少かつたし、前記まがり角附近の道路側端には、高速道路の支柱が建設中であつて、その傍の歩道に五〇年配の男が佇立していた。

(2)  被告春本は被告車を運転し半蔵門方面から都電通りを進行し本件交差点にさしかかつたところ、前方の信号が赤色を現示したので交差点手前の都電停留所附近に一時停車して、信号の変化をまつうち、そこから約四〇米前方の前記支柱傍に佇立している男を発見し、同人は手などをあげていなかつたものの、タクシーをもとめるものと看取し、これをいわゆる乗客として拾おうと考え、対面信号が青色にかわるや直ちに発進し、時速三〇粁位で右折し、ついで方向指示器を左にあげ、かなり急角度に左方へ進路をかえたのち、急制動を用いて、赤坂通りの左側端附近に停止したところ、その直後、後部バンバー左側に追突された。右一時停車中、左前方桜田門方面を望見すると、折柄進来中の原告車を発見できたにもかかわらず、左前方の交通状況に配意しなかつたため、右折を開始し一〇余米進行するまで原告車に気づかなかつたし、その後も原告車の動向に殆んど配意せず、左折にあたつても充分に後方を確認しなかつた。

(3)  原告勝夫は、ヘルメツトもかぶらないで、原告車を運転し桜田門方面から進行したものであるが、自車がいわゆる左方車であるところから、左折開始前にも半蔵門方面からの交通状況について、殆んど注意力を配分せず時速三〇粁弱位で左折し、まがり角附近から加速し始めたとき、その右側方を通過する被告車を発見したが、そのまま加速し続けたところ、自車道路前方六、七米の地点に被告車が進出し、停車しようとしているのに気づき、急制動措置をとつたが、鉄板敷のうえに散乱した砂利のため、制動効果を幾分減殺され、七米位滑走した末、追突し、その場に転倒し、頭部を強打し、右大腿骨頸部を骨折した。

〔証拠略〕の一部は、弁論の全趣旨に照らして措信しない。右事実によれば、対面する信号機が青色を現示し、これに従い本件交差点を右折しうる場合にも、桜田門方面からの左折車は、その対面信号が赤色を現示していてもなお左折しうるものであり、しかも両車両の間では左折車が優先するのであるから、このような場合被告春本は、左前方桜田門方面から進来する車両に配意し、その進路および走行状態に影響を与えないようにすべく、さらに右折に引き続き左折する場合には、充分に左後方の交通状況を確認のうえ、左後方から進来する車両の進路を急角度に斜に切るような方法で左折することをひかえるべく、ましてその直前で急停車することは絶止しなければならない注意義務があるのに、被告春本はこれらを怠つた過失により、自車後部に原告車を追突させて本件事故を惹起したものというべく、他方原告勝夫にも、対向車両の対面信号が青色を現示するときは、往々右折する車両があり、右折後該車両は道路左側部分を進行するのであるから、前方の交通状況に充分配意すべく、該車両が自車の右側方を通過する場合には、自己の走行する路面が鉄板敷に砂利が散乱しているため、幾分制動効果を減殺され、さらに多少ハンドル操作にも影響をうけることを考慮し、直ちに減速しながら、右前方を注視して通過車両の動静に配意し、安全な速度と方法とで進行すべく、なお左折にあたつては徐行すべき注意義務があるのに、これらを怠つた過失により、本件事故に遭遇したものといわなければならない。なお同原告が、ヘルメツト等を装用しないで原告車に塔乗運転していたため、後記のとおり長期間にわたる頭部外傷による症患を蒙つたものと推認されるから、同原告はいわゆる損害拡大についても過失がある筋合である。原告勝夫のこれら過失は、賠償額の算定にあたつて概二割を減額するのが相当である。

被告会社がタクシー業を営み、被告春本を雇傭し、被告車の運行供用者にあたることおよび本件事故発生の際、被告春本は被告会社の業務を執行中であったことは当事者間に争がない。

叙上事実によれば、被告春本は原告らの蒙つた全損害につき直接の不法行為者として、被告会社は該損害のうち人的損害につき自賠法三条所定の運行供用者として、物的損害につき民法七一五条所定の使用者として、それぞれ賠償責任を負担すべき筋合である。

二、損害

(一)  原告勝夫の損害

(1)  受傷の部位、程度および加療の経過

〔証拠略〕によると、原告勝夫は、本件事故発生前から鼠蹊ヘルニアに罹患していた(この点につき当事者間に争がない。)ものの、大正一四年生まれのまずは健康な男子であつたが、受傷により一時意識を失つたまま直ちに川瀬外科病院に収容され、同日から昭和四二年九月三〇日まで一九八日間にわたり、主として右大腿骨頸部骨折部につき手術、処置のほかマツサージ等の治療をうけ、あわせて前記ヘルニアについても加療し、なお頭部外傷については諸検査をうけたが、骨折部は良好に経過したので、なお患部に痛味をのこし、階段の昇降等はできなかつたが、マツサージ等により漸次機能の回復するのをまつことと指示され、後頭部の緊張痛も検査結果では格別異常所見なく、速効的療法もないところから退院することとし、その後は横堀治療院等に二週間おきに一週間連続通院して、鍼灸・マツサージ療法をうけ、昭和四三年一一月頃まで継続したこと、同年九月下旬頃までは、長時間にわたる佇立、歩行は困難であり、緊張痛も頻発し、車輛の運転はもとより、長距離間の注文取り、印章刻印等の精密作業は慨ねできなかつたし、客との応対にも困難を感じたこと、同年一〇月頃に至り症状軽快したため、就業するにいたつたが、なお就労上の制約があり、現在でも時に緊張痛を覚えることがあり、記憶力もやや減退したこと、入院期間中を通じ、訴外奥山ミツ子の附添看護をうけ、またマツサージ師柳田政次の治療をも併用したこと、退院後は歩行に際し、杖を使用しまた原告絹代の介助をうけざるを得なかつたことが認められる。

(2)  治療関係費用(三一万七九三〇円)

(イ) (証拠略〕を総合すると、原告勝夫は前記川瀬外科病院に対し、合計一八万五四二〇円(昭和四二年六月分四万八六九〇円、同年七月分四万六四五〇円、同年八月分四万六一三〇円、同年九月分四万四一五〇円)の入院治療費を自ら支払い、同額の損害を蒙つたことは明らかであるが、右治療費中には、いわゆる鼠蹊ヘルニアの治療分一万五〇〇〇円が含まれることは当事者間に争がないから、これを控除すると、残額は一七万四二〇円となる。

(ロ) 〔証拠略〕によると、原告勝夫が、前記病院に入院中の同年八月一一日から同年九月三〇日まで訴外奥山ミツ子の附添看護をうけ、同女に対し、合計六万三一〇円を支払つたことは明らかである。

(ハ) 〔証拠略〕によると、原告勝夫は、入院中の同年七月四日から同年九月三〇日までの間、前記柳田政次のマツサージ療法をうけ、同人に対し合計二万二二〇〇円を支払つたほか、同年一〇月から昭和四三年一一月までの間、概ね二週間に一週間連続の割で横堀治療院に通院し、マツサージ療法・鍼灸療法をうけ、このため一回五〇〇〇円程度の費用を支出し、その合計額は少くとも六万五〇〇〇円に達するところ、その傷害の部位程度に照らして、いずれも本件事故と相当因果関係のある損害と解する。

(3)  〔証拠略〕によると、同原告は、昭和三九年一〇月頃代金一八万五〇〇〇円で訴外栗原自動車商会から原告車を購入し、爾来これを通勤用等に毎日使用してきたものであるが、本件事故により原告車は破損したが、これを修理もしないで放置し、破損したまま他に売却したことおよび事故発生当時着用していた皮ジャンパーは、肩の部分がすり切れたのでこれを捨てたことが認められる。ところがその損害の数額については、同原告において立証しない。よつて右各物損については、これを認めるにたりないが、右のとおり現に使用していたものを各毀損されたもので、同原告が財産上の損害を蒙つたことは推認するに難くないから、この事実は後記慰謝料額の算定にあたつて考慮することとする。

(4)  得べかりし利益の喪失 合計一五〇万円

〔証拠略〕によると、原告勝夫は、昭和三四年六月頃から友人である日野政雄と、同人が使用権限を有する東京都銀座西一丁目五番地所在の光明ビル一階内の一坪半位の店舗を原告勝夫において印章業等に使用することとし、その使用の対償として、同原告の営業による売上金を歩合制により交付する旨を約しその頃から営業用に使用してきたが、昭和三九年一〇月頃右政雄が死亡し、昭和四一年一二月頃その未亡人日野文江との間に、売上の歩合を概月額四万円程度として引き続き使用していたが、原告勝夫の受傷により閉店し、昭和四二年五月二七日頃以後は、該店舗を全く使用しなくなつたこと、それまで原告勝夫は、白樺印房の名称で印章業にあわせて名刺・はがき等の印刷業を請負い、月間少くとも一〇万円程度の純益を得ていたこと(原告勝夫は印章刻印で一〇万円以上、流しゴム印請負で六万円以上、印刷請負で四万円以上の合計二〇万円を超える粗収入があり諸経費に約七万円程度を要した旨供述し、原告絹代本人尋問の結果と、甲第一三ないし一六号証もこれに沿う如くであるが、各本人尋問の結果はたやすく措言できないし、各書証は、いわゆる得意先または同業者の臆測にとどまるから証拠価値はきわめて低く、他に客観的証拠はなく、〔証拠略〕によると、原告はその主張の如き比較的高収益を継続的にあげているにしては、提出すべき諸帳簿類もなく、納税の申告もしていないばかりか、原告勝夫も訴外日野も、いずれも所得税上の課税をされないまま長期間推移してきたことが推認されるので、結局月間純益一三万円との主張は、立証なきに帰する筋合である。しかしながら〔証拠略〕を総合すると、同原告が、月額一〇万円程度の純益をあげ得たものと推認することができる。)、前示(1)のとおり本件受傷により昭和四三年六月中旬頃までの一五箇月間にわたり、全く就業できず、このため少くとも合計一五〇万円の得べかりし純益を失つたものと推認される。

(5)  原告勝夫は、昭和四二年三月一七日から同年四月一五日までの賃料四万円を支払い同額の損害をうけたばかりか、将来同程度の店舗を借受けるには五〇万円を要するから、解約により同額の損害を蒙つた旨主張するが、前者についてはこれを確認しうる証拠がなく、後者については前記のとおり原告勝夫において該店舗を使用しえた地位自体、きわめて個人的色彩の強い特殊のものであつて、原使用権限者日野の主観的意向に専ら依存し、従つてその地位もまた浮動的であるし、解約と本件事故との間の相当因果関係についても疑わしく、なお本件店舗を使用しうる地位を喪失したことを金銭的に評価して五〇万円であるとするについて立証もたりないので、結局原告勝夫の右主張は採用することができない。

(6)  慰謝料 一〇〇万円

前掲証拠によると、原告勝夫は本件受傷により長期間にわたる加療を余儀なくされ、この間無収入状態に陥りながら、生活費、治療費等の捻出を強いられ、軽度ながら後遺症類似の症状になお悩み、そのうえ得意先を失い、平穏な家庭生活も害されたこと、本訴において明示的に請求する財産上の損害以外にも入院中の雑費、交通費等の出捐をなしたこと、損害を蒙つたことは推認しうるも、その数額を明らかにできない種類の財産上の損害もあること等諸般の事情を総合すると、これが慰謝料としては一〇〇万円が相当である。

(7)  損害総額の算出と過失相殺の適用

事実欄三の(三)の(2)のとおり、被告らが治療費等合計四〇万円を支払つたことは当事者間に争いがないから、他に主張立証のない本件では、原告勝夫が蒙つた損害総額(弁護士費用を除く)は、右四〇万円と、前記(2)、(4)および(6)の合計二八一万七九三〇円との総計三二一万七九三〇円と算出されるところ、前記一の中段に判示のとおり本件事故発生につき原告にも過失があるから、このうち、被告らに賠償を求めうるのは、その概八割にあたる二五七万となすべく、これから前記四〇万円を控除すると、残額は二一七万円となる。

(8)  弁護士費用 二二万円

〔証拠略〕によると、原告勝夫は、被告らの任意の賠償を期待できなかつたので、原告代理人弁護士に本訴の提起と追行方とを委任し、その着手金として昭和四二年一一月一四日一〇万円を支払い、昭和四三年二月一〇日一五万円を追加支払つたことが認められるところ、事案の難易、本訴審理の経過、前記認容額等を併考すると、そのうち二二万円が本件事故と相当因果関係にたつ損害であると解する。

(二)  原告絹代の損害

本件受傷の部位・程度をもつてしては、いまだ妻である原告絹代に近親者固有の慰謝料請求権が発生したものとは解されない。

三、よつて被告らは連帯して原告勝夫に対し前記(7)(8)の合計二三九万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年一月一九日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、同原告の本訴請求は右限度で正当として認容し、その余および原告絹代の請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薦田茂正)

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